JICA海外協力隊の任期中に任国外旅行は行くべきなのか
<コラム第6回:JICA海外協力隊の任期中に任国外旅行は行くべきなのか>
JICA海外協力隊には「任国外旅行」という制度がある。簡単に言うと「協力隊任期中に海外旅行をしても良いですよ」という制度だ。
逆に言えば、この制度を使わなければ任期中に海外旅行に行くことはできない。海外旅行が趣味の自分としては、初めてこの制度を知ったとき、任期中に海外に自由に行くことができないという事実に驚いた。
しかも、この制度は欠点や制約がかなり多い。海外へ行く少ないチャンスを諦めてしまいたくなるほど、労力が大きいのである。
とはいえ、日本よりも圧倒的に貧しい見知らぬ土地でたった一人ボランティア活動を行う協力隊のストレスは計り知れないものがあり、唯一の息抜きとしてこの制度を利用する隊員も多い。かくいう私も、この制度をフル活用して海外旅行を楽しんだ。
そんな賛否両論が飛び交うこの制度の実態を、この場で明らかにしていきたいと思う。
任国外旅行制度とは
「私事目的任国外旅行」制度は簡単に言うと、「JICA海外協力隊の任期中に海外旅行に行くことができる」制度である。一時帰国や休暇制度がない協力隊員にとっては、任国を出ることができる唯一の手段である。
しかし、この制度には制約がかなり多い。そのため準備段階で辟易して旅行を諦めたり、JICAが定めるルールに抵触して制度利用ができなかったりする隊員も多いのである。
任国外旅行制度の制約
- 制度利用日数は1年間で最大20日
- 任国外旅行後6カ月間は再度の制度利用ができない
- 赴任後数カ月と離任前数カ月は制度利用できない
- JICAが定めた国にしか行くことができない(以下参照)
任国 | 行くことができる国 |
---|---|
アジア・大洋州地域 | OECD加盟国&JICA指定した渡航可能国&アジア・大洋州地域の協力隊派遣国 |
中南米地域 | OECD加盟国&JICA指定した渡航可能国&中南米地域の協力隊派遣国 |
アフリカ・中東・欧州地域 | OECD加盟国&JICA指定した渡航可能国&アフリカ・中東・欧州地域の協力隊派遣国 |
そんな私は、この制度をフル活用して海外旅行を楽しんだ。手続きのストレスはかなりのものだったが、ケニアという、人も食事も生活水準も最低の国で過ごすストレスに比べればなんてことはなかったのである。私が旅した詳細は以下の通り。
回数 | 時期 | 期間 | 訪問国 |
---|---|---|---|
1回目 | 赴任後10カ月 | 20日間 | エジプト・オランダ・ベルギー |
2回目 | 赴任後1年4カ月 | 20日間 | ルワンダ・モロッコ・トルコ |
実際のところ、私は旅行に行ってよかったと思っている。しかし、心の底から他の隊員に任国外旅行を勧めることができるかというとどうしてもためらってしまう。これらのメリットとデメリットをお伝えしていきたい。
任国外旅行のメリット
リフレッシュになる
日本とは別の種類の精神的負担にさらされている協力隊員にとって、任国以外の海外へ行くことは任地を忘れることができる唯一の機会である。非常に貴重な機会であるため、感覚的には半分以上の人が利用している。
気を付けなければならないのは、日本への一時帰国に関してもこの制度を利用しなくてはならないということだ。一時帰国制度がない協力隊員は、日本へのプライベート旅行としてこの制度を利用しなくてはならないのである。
途上国の子どもたちと交流する協力隊のキラキラしたイメージとは対照的に、半分以上の隊員は自分の任国に嫌気がさしている。(何もかもが最低なケニアだからかもしれないが…)
そんな極限の環境下で生きている隊員にとっては、自分自身をリフレッシュできる貴重な時間である。実際、任地を離れたことで、多くの隊員は貴重な物資と共にスッキリした顔で帰ってくる。この制度が隊員の精神的負担の軽減に一役買っていることは間違いない。
他国の隊員の活動を見ることができる
訓練所で共に過ごした同期隊員たちも、ひとたびトレーニングが終われば世界中に散り散りになってしまう。他の隊員がどんな活動をしているのかは非常に興味深いものだ。しかし、任期が同じである以上、この制度を使って訪問するのが彼らの活動を見ることができる唯一の方法なのである。
渡航可能な国の制約やその国の中でも行くことができる地域が限られるため、全ての活動地に赴くことはできない。しかし、実際に他国で汗をかく同期隊員の活動を見てみると新鮮で興味深いものである。
また、生活水準や同僚との関係性は国によって異なるため、自分の活動と比較しながら見るのも面白い。他隊員の頑張りを見ることで、自分自身のモチベーションを保つこともできる。
任国外旅行のデメリット
公用旅券ならではの苦労
JICA海外協力隊のパスポートは公用旅券である。一般旅券よりも効力が強そうであるが、実際のところこれが任国外旅行でデメリットになりかねない。
その1つが"ビザの取得"である。特定の国で入国に必要なビザを取得する際、公用旅券保持者であるがゆえに煩雑な手続きを伴う場合がある。
例えば、エジプトでは一般旅券保持者は到着時のアライバルビザを取得すれば入国が可能であるが、公用旅券保持者は事前のビザ取得が必要である。しかも、ビザ情報はウェブ上に存在せず、直接任国のエジプト大使館に聞きに行くしかない。手続き方法も頻繁に変更されるため、渡航経験のある先輩隊員に聞いてもあまり意味がないのである。
各大使館は首都にあることが多いため、その度に時間とお金をかけて出向く必要があるし、コピー機すら珍しいケニアで様々な書類を揃えなくてはならない。私の場合はエジプトに行くために大使館に3回出向く必要があった。メールや電話が通じず、営業時間も平日の午前中3時間ほどだったため、田舎の任地に住む私にとっては言葉にならないほどの苦労があったことは言うまでもない。
他にも公用旅券であるがゆえにビザ申請方法が異なっている場合があるため注意が必要である。ルワンダではE-VISAをオンライン上で取得できるが、公用旅券保持者の入力項目が一般旅券保持者に比べて少し複雑ということもあった。
さらに厄介なことに、公用旅券保持者の査証取得手続きに関わる情報は外務省や大使館のHPに一切掲載されていない。JICAもこうした情報を提供してくれるわけではない。大使館やへ個人で連絡したり、渡航経験のある先輩隊員に聞いたりして、何とか情報を集めるしかないのである。
手続きの煩雑さ
隊員を最も苦しめているのは、JICAが定めている申請手続きの煩雑さである。旅行中の事故やテロに敏感なJICAはあまりにも複雑かつ陳腐な申請方法を定めている。(とはいっても、旅行中に何かあっても助けてくれるわけではないだが…)
旅行手続きは少なくとも1.5カ月以上前に開始する必要がある。定められた数多くの書類を順を追って提出する必要があるが、この書類が非常に分かりにくく、初めてパソコンを触った人が作ったのかと思えるほどクオリティが低いのである。
しかも、事務所のVC(ボランティアコーディネーター)に制度の不明点を聞いても、彼らも分かっていないことが多い。不明点がある度に本部に確認をしなくてはならないことも多い。旅行先のJICA事務所ごとに渡航条件も異なるため、かなり非効率な申請フローとなっている。
また、国によっては宿泊ホテルや移動手段が指定されていたり、旅行範囲が限定されていることも多い。安全のためと言ってはいるが、最低限の手当しかもらっていない協力隊員に対して指定してくるホテルは5つ星ホテルなどの高級ホテル。有無を言わさずこうしたホテルに自腹で泊まれと言っているので、来るなと言っているようなものである。
旅行範囲においても、エジプトであればカイロとアレクサンドリアのみに限定されていたり、ケニアではナイロビのみに指定されていたりとかなり厳しい。
航空券やホテルは旅行1か月以上前から購入し、旅行計画書というものを作成しなければならない。まるで監視されながら旅行しているように感じた。
思い付きで数日前に海外旅行のチケットを買うような人間だった私にとって、かなり前から計画を立てるというのは本当に苦行だった。せっかく楽しいはずの旅行なのに、行く前にイヤな想いをさせられるというのは、多くの協力隊員が抱えている悩みだろう。
社会情勢の影響を受けやすい
かなり前から航空券やホテルの事前予約を強いるにも関わらず、ちょっとした社会情勢の変化でJICAは任国外旅行の中止を命令する。もちろんキャンセル料などの補填はない。
これが外務省の退避勧告とかであれば納得であるが、こうした命令はかなり保守的かつ簡易的に突然行われる。例えば、パレスチナ問題が悪化した時はほぼ全ての中東地域で旅行が禁止された。
他にもテロ予告やデモの発生などの情報が少しでもあれば、一瞬で中止命令が下される。ラマダンや大統領選挙の期間中なども関係国に行くことはできなくなる。
おそらくJICA的にはわずかでもリスクがあれば、議論をするまでもなく中止を決めるのだと思う。そこに人間としての同情は全くない。
かくいう私も、予定していた旅行を数日前に中止させられて10万円以上を無駄にしたことがあった。これは全くレアなケースではなく、私の周りにもこうした待遇を受けた隊員が何人もいる。
もし任国外旅行に行くのであれば、多少高くなってもフレキシブルなキャンセル条項がある航空券やホテルを予約することをオススメする。
または、社会情勢に左右されにくい国(先進国)かつJICA事務所がない国は制限が少ない傾向にある。例えば、アメリカやヨーロッパ諸国、日本は行けなくなる可能性が比較的低い。ただの海外旅行ごときでこうしたリスクまで踏まえなくてはならないのが、任国外旅行なのである。
旅行後の代償
多くの人は気づいていないが、世界中の国に自由に渡航できるというのは日本人の特権である。査証なしで海外に行ける国数が非常に多く、所得水準も比較的高めであるため、日本人にとって海外旅行というのは身近な存在だろう。
しかし、途上国の人にとっての海外旅行は夢のまた夢である。国によっては一瞬で生涯年収が吹っ飛ぶし、仮にお金を用意できてもビザ取得がかなり煩雑なのである。
こうした状況下で生きる彼らからしたら、海外旅行に行ってきた日本人なんて金持ち以外の何物でもない。これは乞食文化が根付いているケニアだからなのかもしれないが、旅行後はさらに多くの人に金や物をねだられるようになった。同僚ですらしつこく「お土産くれ」とか「私にも航空券買って」とかねだってくる始末なのだから、海外が途上国の人にとってどれほど特別なのかが分かる。
バレないように行くのが理想であるが、私の場合は休暇を取得するために会社に渡航国などを報告しなくてはならなかったので、黙っていくのは不可能だった。
そして、何より旅行後はいかに自分の任国が貧しくて不便なのかを思い知らされる。特に温厚な人が多いイスラム諸国から世界一卑劣なケニアに帰ってきたときは、ケニア人の卑しさを旅行前以上にひしひしと感じてしまい辛かった。
こうしたデメリットはJICA海外協力隊ならではのものであり、普通の海外旅行とは大きく異なることは事前に知っておいた方が良いと思う。
任国外旅行はストレス発散のための有効的な手段ではあるが、リスクや問題点があることも理解したうえで旅行計画を立ててほしい。
▽次回の記事はこちらから▽
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