JICA海外協力隊は今の時代に必要なのか
<コラム第8回:JICA海外協力隊は今の時代に必要なのか>
JICA海外協力隊と聞くと、何を想像するだろうか。今や有名タレントを使ってCMを打ったり、電車の中吊り広告を掲示したりとメディア露出も多いから、名前くらいは知っている人も多いのではないだろうか。
この事業は政府開発援助の一環として約60年の歴史があり、これまで90カ国以上に5万人以上のボランティアを派遣してきた。歴史の長さや宣伝広告のイメージから、なんとなく開発途上国で子供たちと触れ合う姿を想像する方もいると思う。
実際にこれまでの長い歴史の中では、それ相応のインパクトを世界に残してきた。途上国に効果をもたらした隊員たちは数知れず、派遣後はその経験を活かして日本国内で社会に貢献してきた人も多い。その中には、宇宙飛行士になった方や著名な政治家や経営者になった人も存在する。
一方で、国家事業であることやボランティア事業という構造上、多くの批判があることも事実である。税金を使った膨大な予算を国外に費やすことや、その成果が明らかに支出に見合わないことは批判の的となってきた。
実際に協力隊として約2年間をケニアで過ごした私としても、こうしたメリットとデメリットは肌で感じてきた。今回は、私の経験を通して感じたJICA海外協力隊の実態を考えていきたいと思う。
JICA海外協力隊のメリット
外交上の影響力
JICAとして表向きにはあまり強調していないだろうが、国が最もこの事業に期待していることは外交上の影響だと感じる。開発途上国のポテンシャルを見込んで早くから良い関係を保っておくことは、どの先進国も躍起になって取り組んでいることである。分断が進むこの時代では、途上国を自国に“取り込む"ことはなおさら重要な要素となってくる。
各国はそれぞれの影響力を保つため、強みを生かしたアプローチで国際支援を行っている。日本の支援も技術協力・円借款・無償資金協力など様々だ。
その中にJICA海外協力隊事業があるわけだが、ボランティアで希望者を集めて派遣するのは、インフラ投資や資金援助に比べて低コストで運用できる。ボランティア達はあくまで職員ではないため、大きな結果を求めない分、効果測定や評価の労力がかからないし、高い報酬を払う必要もないのである。
なにより短期で大人数を派遣することができるため、“派遣実績"という点においては成果が見えやすい。ボランティアが任期期間中に派遣国にいてさえくれれば、その人数をそのまま途上国にアピールすることができるのである。
途上国へのインパクト
ボランティア事業のインパクトは他事業に比べれば微々たるものではあるが、それでも幾分かの好影響を途上国に与えることもある。
学校隊員は少なくとも派遣された1校の生徒たちに日本の進んだ教育を施すことができるし、看護師隊員は派遣された1つの病院には日本の進んだ医療技術を教えることができるのだ。
実際のところ、JICAは要請を作るときにほとんど調査をしないので、派遣先に行ってみたら実際はボランティアを求められていなかったということが多い。そのため、コスト分をペイする事例はないに等しい。
しかし、それでも街中のタクシードライバーに「子供の頃、日本人の先生に教わったことがある」みたいな話をときどき聞くこともあるため、全くインパクトがないわけではない。
国際交流による相互理解
前述の通り、JICA海外協力隊が途上国の課題自体を根本から変えるというのは非常に困難である。しかし、ある意味"職場にいるだけ"でも、“国際交流"という目的は果たしている。
というのも、途上国というのは貧しさゆえにあらゆる選択肢が少なく、閉鎖的な世界で人々が暮らしている。"日本"という国すら知らない若者たちにとって、遠い異国から来た人と話すことができるというだけでも彼らの世界は格段に広がるのである。
私の任地の場合、同僚たちはピザやディズニーすら知らなかった。彼らは大学を卒業していたとしても、ケニアが世界の中心だと信じていて、世界中の人がウガリを食べていると思っていた。そんな彼らでも、私と話して世界を知ることで、ケニアの現実に絶望し、実際に海外での就労や留学をするために行動に移した人もいる。
正直なところ、ボランティアという性質上、活動をサボって毎日遊びふけってしまう隊員もいなくはない。しかし、そんな隊員でも現地の人からは"日本人の友人"として世界を広げるきっかけとなっているのだから、全く貢献できていないというわけでもないのである。
協力隊経験を活かした社会還元
任期を終えて帰国したときに、途上国で培った経験というのは意外にも重宝されるものである。例えば、派遣中に培った語学力は日本に住む外国人へのサポートに活かせたり、任国の知見を深めていれば様々な場所で講演に呼ばれたりする。
なにより協力隊が派遣される国というのは、日本人の観光地としてメジャーではないことがほとんどなので、経験を友人に話すだけでも途上国の現実を知ってもらう機会になるのである。
そして、日本よりも遥かに過酷な生活を生き抜いた隊員自身も、職場によっては重宝される人材として会社や自治体に好影響を与えることができるだろう。
JICA海外協力隊のデメリット
事業のデメリット
ボランティア事業の金銭的な投資対効果は恐ろしいほど低い。他事業に比べればコストは低いだろうが、それでも軽く見積もって隊員1人あたりに2年で2,000万円以上はかけているだろう。
一方で、隊員が現地で創出する効果というのは無いに等しい。隊員一人当たりの受益者は延べ人数でも多くて数百人だろうし、そのうち隊員の帰国後も提供された技術を維持している事例はほとんどない。
実際のところ、中から見ていてもJICAが協力隊に効果を期待している様子もないし、事実隊員の活動を評価することもない。やはり、先に述べた外交アピールのための派遣実績さえ上積みできればよくて、隊員に求められていることは任期を全うすることだけである。
隊員としてのデメリット
ボランティアとして派遣されている立場上当然と言えば当然だが、隊員が得ることができる報酬は僅かである。しかも、協力隊の期間中は日本でのキャリアアップや給料アップの機会を失うことになる。
また、隊員として得られる“実務的な経験"は日本で働くよりもかなり少ないだろう。途上国の現場は圧倒的にベースのレベルが低いため、隊員自身が得られる知識やスキルはほとんどない。(技術支援が目的なので当たり前のことだが…)
だから、残念ながら“社会人として成長できる機会“は日本で働くよりも圧倒的に少ない。それが理由なのか、現状では残念ながら協力隊経験は転職市場でそこまで評価されないのが現実である。
もちろん途上国の現実を目の当たりにすることで、自分の視野を広げたりキャリアを考えるきっかけにはなる。しかし、日本で会社や公務員として働くライバルたちよりも出世レースで後れを取ることは間違いないだろう。
隊員としてのもう一つのデメリットは、命を危険に晒す機会が格段に多くなることだ。国によって状況は異なるが、治安・社会情勢・交通状況などを加味すると、日本で過ごすよりも事件や事故に巻き込まれるリスクは格段に上がる。
例えばケニアの場合だと、ひったくりやスリに遭遇する確率はかなり高い。また、車の整備不良や交通インフラの脆弱性、無いに等しい交通ルールなどが理由で事故に遭うリスクも高い。万が一事故に遭遇した場合も、医療レベルの低さから助かる見込みはかなり低くなるのである。
こうしたリスクはJICAの所員であればある程度守られているのだが、地方に派遣されるJICA海外協力隊は常に危険と隣り合わせである。公共交通機関は基本的に長距離バスやマタツと呼ばれる乗り合いバスになるのだが、これらは定員以上の人を詰め込み交通ルールを無視して走行する超危険な乗り物である。もちろんシートベルトなんて存在しないし、車内でセクハラやスリに遭遇する事件も多い。
所員は利用を禁じられているが、協力隊にとっては唯一の交通手段となるため利用せざるを得ない。私自身も実際に何度か命の危険を感じたことがあった。
ケニアでは肌の色が異なるだけでかなり目立つため、街中で薬漬けのストリートチルドレンやホームレスに絡まれることも多いし、女性は腕を掴まれたりセクハラまがいの言葉を投げかけられることも多いようだ。アジア人差別には毎日のように遭遇することになる。
支援国にとってのデメリット
先述の通りJICA海外協力隊が好影響を与える事例もあるが、逆に悪影響を及ぼすこともなくはない。わずかながら、隊員と現地民の暴力沙汰や色恋沙汰でトラブルになるケースもなくはない。
ボランティアという性質上、隊員たちはある程度自由で、職場に行かずに毎日遊んでいても特に罰則はない。そんな環境では、ある程度問題が起きてしまうのも無理はないのかもしれない。
JICA海外協力隊は今の時代に必要なのか
結論、JICA海外協力隊事業は一長一短で、要請や国・地域・隊員自身によっても状況は異なる。しかし、行政が主導している事業である以上、制度や運用に時代遅れな部分が多いことは事実である。
民間出身の自分としては、せっかく5,000億円以上のODA予算をかけているのだからもっと効果の高い事業にしていくべきだと思ってしまうが、JICA内部の雰囲気的にはあまりその気はないように見える。このままでは税金の垂れ流しと思われても仕方がないほどに運用はボロボロだ…。
一方で、隊員自身の経験や日本への還元という観点を含めて考慮すればメリットがないわけでもない。もちろん私自身も、今では応募して良かったと思っている一人だ。
事業自体に問題はいくらでもあるが、自身の経験として興味がある人にとっては魅力的な制度なのかもしれない。
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